大動脈瘤と大動脈解離 2025.2.23 心臓から腹部にかけて縦に走っている大動脈は最も太い血管です。通常胸部大動脈の直径は2.5~3cm、腹部大動脈は2~2.5㎝です。この血管がこぶ状または紡錘状に膨らんだのが動脈瘤です。大動脈瘤が破裂すると激痛とともに大量の出血、ショック状態になります。この状態で緊急手術が行われても致死率は高いです。

大動脈の血管壁が突然剥離するのが大動脈瘤解離です。これは3層(内膜・中膜・外膜)の大動脈の血管壁の内膜と中膜の間に亀裂を生じ、そこに血液が流れ込み中膜が縦方向に剥離した状態になったもので激痛を伴います。急性期の死亡率は30~40%と言われます。解離を起こす部位によっては腸管壊死、腎不全などを合併します。この2つの病気の原因は動脈硬化です。高血圧、脂質異常症、喫煙などで血管が障害されることが血管を脆くさせます。胸部レントゲンや腹部エコー検査、CT検査で偶然発見されることが大半で症状は全くありません。 治 療 根本的な治療は手術です。手術のタイミングは胸部大動脈瘤では動脈の直径が5.5~6cm、腹部大動脈では5~5.5㎝が目安とされますが年齢や全身状態、本人の希望などを勘案して決定されます。手術には人工血管置換術とステントグラフト内挿術(血管内治療)があります。人工血管置換術は完治が望めますが大手術になり体への負担が大きいです。主に上行大動脈、弓部大動脈瘤に行われます。ステントグラフト内挿術はふとももの大腿動脈からカテーテルを挿入する手術で、体への負担は少ないですがステントグラフトがずれたりして再治療が必要になることがあります。腹部大動脈瘤に行われることが多いです。 そのほか、動脈硬化の進行を抑えるため降圧剤や脂質異常症の治療を行います。また禁煙が必要です。十分な睡眠やストレスを避ける軽い有酸素運動など正しい生活習慣をもつことが望まれます。 いつ破裂するかわからない命に係わることもある病気ですから、心臓血管外科専門医のもとで治療をすることが肝要です。 |
パーキンソン病について 2024.8.15 パーキンソン病という病名を知っている方も多いと思います。 パーキンソン病は脳内の神経伝達物質であるドパミンの産生が減少することで脳からの情報が伝わりにくくなり様々な症状を呈する病気です。ドパミンを作る神経細胞(ドパミン神経細胞)にαシヌクレインというタンパク質が蓄積しドパミン神経細胞が減少することが原因で異常なタンパク質がたまる最大のリスクが加齢です。 パーキンソン病の主な症状は運動症状です。動きが遅い、小さいという動作緩慢、手足が震える振戦、筋肉が固くなる禁固縮の3つです。手の震えは安静時に強く動かすと震えが弱くなるのが特徴です。運動症状は体の片側から始まるのが特徴です。また顔面の筋肉が堅くなることで表情に乏しくなります。運動症状以外には鬱病や不眠、便秘や頻尿といった自律神経症状、嗅覚障害、意欲の低下、認知機能低下を認めることがあります。 治 療 治療の主体は薬物療法で不足したドパミンの補充です。レボドパは脳内に入ってドパミンに変換される薬物で最も効果があります。欠点は作用時間が短く1日3回程度、進行期には1日6回程度の服用になります。 ドパミンアゴニスト(ドパミン受容体刺激薬)は化学的に合成されたドパミンに類似した薬剤です。ドパミンよりも効果は落ちますが長時間作用します。ほとんどのドパミンアゴニストは1日1回の内服で安定した効果を発揮します。レボドパに比べ吐き気、低血圧、強い眠気等が欠点です。そのほかモノアミン酸化酵素B4阻害剤などもあり症状に応じて薬の組み合わせや量を加減し処方します。 手術は脳深部刺激療法などがありますが限られた医療機関で行われます。 治療と同時にリハビリも大切です。有酸素運動やストレッチ、発声練習が有効とされます。 パーキンソン病は65歳以上では100人に1人が罹患していて高齢者に多い病気ですが平均寿命は一般の方と変わりありません。治癒は難しいですが早期発見と治療が良好な症状のコントロールにつながります。 |
放置してはいけない 「高尿酸血症」 2024.4.16 尿酸値が7.0mg/dlを超えると高尿酸血症といいます。尿酸自体は強力な抗酸化作用をもち体の組織を保護する作用がありますが過剰になると逆に腎臓や関節を障害します。 尿酸はプリン体の代謝や運動にともなうエネルギー消費で作られます。体内の尿酸の総量は約1200mgで尿酸プールといいます。つくられる尿酸と尿、便から排泄される尿酸は共に約700mgで均衡が保たれています。しかし遺伝的な素質や食生活(飲酒や高カロリー食など)、肥満、過剰な筋肉活動、脱水などで尿酸が増加します。 痛風発作 尿酸が高いままだと関節内に尿酸の結晶(尿酸塩結晶)が付着します。これが激しい運動や急激な尿酸値の変動で結晶がはがれ関節内に遊離すると炎症を起こします。強い関節痛や関節腫脹、発赤を生じこれを痛風発作(痛風関節炎)といいます。つまり尿酸が高いまま関節痛をおこした状態が「痛風」です。通常、足の親指の爪側の付け根が腫れて痛みます。時に足関節(足首)、膝関節、肘関節が痛むことがありますが不十分な治療の方が多いです。痛風発作はほとんどが男性で女性は大変まれです。痛みは放置しても1-2週間で治りますが普通は痛みに耐えられず整形外科や内科を受診することが多いです。発作の時期は主に消炎鎮痛剤で治療します。痛みが落ち着いたら尿酸を正常化させる薬に切り替えます。 治療は尿酸値の正常化の維持 基礎疾患がなければ9mg/dl以上、高血圧など基礎疾患があれば8.0mg/dl以上が治療の対象です。また痛風発作が一度でもあれば治療は必須です。 治療には尿酸の生成を抑制する薬(ザイロリック、フェブリクなど)や腎臓から尿酸の排泄を促進する薬(ユリノーム、ユリスなど)を使います。尿酸が高くても必ずしも痛風発作おこすわけではありません。しかし尿酸が高いままだと腎臓に尿酸塩結晶が付着し腎臓を障害し腎臓結石を合併します。したがって尿酸値の適切なコントロールが必要になります。 尿酸は脂質や肝機能、血糖などに比べて注目されませんが実は大変重要な検査項目です。 |
黒内障とは 2023.12.29 白内障や緑内障は知っている方は多いと思いますが黒内障を知っている方は少ないと思います。 黒内障も高齢者に多い眼の病気で「一過性黒内障」とも言われます。 黒内障は片方の眼に流れ込む動脈に血栓(小さな血の塊)が詰まって血液の流れが悪くなり(虚血と言います)一時的に片目の視力が低下する病気です。詰まった血栓は溶けて血液の流れが回復するため元の視力に戻ります。 黒内障の視力低下は黒いカーテンが掛かったように暗く見えたり無数の黒い点が現れ一部の視野が欠けることもあります。この様な状態が数秒から数分、稀には数時間継続したあと回復します。 黒内障の原因は頚動脈の動脈硬化により血管が狭くなり狭い部位に出来た血栓がはがれて網膜の動脈に入り込むことで発症します。従って黒内障は一時的な小さな脳梗塞といえます。麻痺などがあっても24時間以内に回復する軽い脳梗塞を一過性脳虚血性発作(TIA)と言いますが黒内障も同じメカニズムで起こります。TIAは大きな脳梗塞の前兆であり黒内障も同様の対処が必要になります。 頸動脈エコー、MRIなどで頸動脈の動脈硬化の程度を診断しアスピリンなど抗血小板剤の投与を検討します。高度の動脈狭窄ではカテーテルを使った血管拡張を行うこともあります。また動脈硬化を悪化させる高血圧や糖尿病などの生活習慣病の管理が重要になります。 黒内障の視力障害は一時的なためそのまま放置されている場合が多いようです。黒内障という病気の存在を知ることがその後の脳梗塞を防ぐことにつながります。 |
口腔と全身の病気の関わり・・・歯科口腔検診のおすすめ 2023.8.14 口腔の病気といえば歯周病と虫歯が主ですが口腔の状態が全身の病気と大きく係わっていることがわかっています。 特に最近注目されているのが糖尿病と歯周病の関係です。歯周病は糖尿病を悪化させます。これは歯周病の炎症部位でつくられたサイトカイン(いろいろな作用を持つタンパク質)が血糖をあげるためです。また糖尿病が悪化すると歯周病が進行することもわかっていて糖尿病と歯周病は相互に悪化したり良くなったりする密接な関係にあります。 次は認知症と歯周病の関係です。アルツハイマー型認知症では脳内にアミロイドβなどの異常タンパクが蓄積されます。歯周病菌やその毒素が体内に入るとアミロイドβを増やことがわかっています。マウスでの実験では正常なマウスに比べて歯周病菌に感染したマウスはアミロイドβが10倍増えることが報告されています。また残っている歯が少ないと噛む力(咀嚼力)が衰え脳への刺激が減る、柔らかい物しか食べられず栄養不足になり認知症を進行させます。 そのほか、歯周病菌は腸内環境を乱し腸内免疫のバランスを崩すことで関節リウマチを重症化させます。5本以上歯を失うと消化器がんで死亡する確率が2~3倍になることいわれていて、特に口内細菌のフソバクテリウム・ヌクレアタムは口腔がんや大腸がんとの関与がわかっています。また寝たきり高齢者の誤嚥性肺炎をおこす細菌のほとんどは口腔内の細菌です。 このように全身の病気と口腔の状態が深く関わっています。定期的な歯科検診でこれらのリスクを減らすことが期待されます。青森市では満40,50,60,70歳になるかたは無料で歯科口腔検診を受けられますので該当の方は忘れずに利用してください。 |
体のあちこちが痛いなぞの病気だった繊維筋痛症 2023.4.29 全身の痛みが続いて病院で検査してもどこも異常なく「気のせい」とか「心因性疼痛」といわれたこともあった病気が繊維筋痛症です。 線維筋痛症は全身の広い範囲で痛みが3ヶ月以上継続します。痛みの程度は様々で激痛を訴えることが稀ではありません。採血検査やCT検査などの画像診断では異常なく原因不明とされていました。 痛みには怪我や炎症による侵害受容性疼痛と神経の損傷による神経障害性疼痛があります。しかし線維筋痛症の痛みはこの2つの痛みと違い脳内の痛みに係わる神経ネットワーク自体の異常で痛みがないのに痛みを感じてしまう痛覚変調性疼痛という第3の痛みと考えられています。2003年からの全国調査では全国平均有病率は1.2%、女性は男性の約5倍多く地方より大都会が多い傾向があります。発症時の平均年齢は約44歳で有病者の平均年齢は52歳です。 未だに診断の決め手になる検査がないため確定診断は容易ではありません。まず痛みを生じる疾患を徹底的に除外します。次に日本繊維筋痛症学会によるガイドラインの診断基準を参考にします。これは全身19カ所のうち痛みのあった部位を点数化した広範囲疼痛指数(WPI)と疲労感や起床時の不快感といった主症状(A)と一般的な筋肉痛やめまい、頭痛など41症状(B)を点数化した症候重症度から診断します。 治療には脳や脊髄など中枢神経系に作用する薬剤を使います。神経伝達物質を抑えるプレガバリン(リリカ)や痛みを抑える神経伝達物質のセロトニン、ノルアドレナリンを増やすデユロキセチン(サインバルタ)が主に使われます。そのほか症状に応じて抗うつ薬、抗けいれん剤や消炎剤を併用します。またウオーキングなどの有酸素運動やヨガなども有効です。また痛みはストレスと深く関係しているためストレスを減らすことを心がけることも必要です。 この病気は決して珍しいものではありませんが現在でも一般臨床医にとってはなじみの薄い病気です。診断には大きな総合病院の総合診療科やリウマチ科、精神科などの受診が必要になります。早期の診断・治療でその後の回復率が高いことがわかっていますので気になる方は早めに専門医療機関を受診してください。 |
肥満 と 肥満症 2022.12.4 肥満は脂肪組織に脂肪が過剰に蓄積した状態で日本では体重(kg)÷身長(M)÷身長(M)で算出される「体格指数(BMI)」が25以上を言います。肥満はそれだけで病気ではありません。海外ではBMI 30%以上が肥満です。この基準の違いは日本ではBMIが25以上で肥満関連の健康障害である耐糖能障害(糖尿病)脂質異常症(高脂血症)、高血圧が多くなるためです。 このような肥満に関連する健康障害は前述の3つに加え高尿酸血症、冠動脈疾患、脳梗塞、非アルコール性肝疾患、月経異常、睡眠時無呼吸症候群、骨・関節疾患、肥満関連腎臓病の11種があり、これらのいずれかを有し内臓脂肪の蓄積がある、または将来それらの疾患を合併することが予想される慢性疾患が「肥満症」です。つまり「肥満症」は肥満に伴う病的な状態、またはそれに近い状態のことです。 これらの疾患をもたらす原因は蓄積した内臓脂肪から分泌される生理活性をもったタンパク質のアディポサイトカイン(アディポは脂肪、サイトカインは細胞から分泌されるタンパク質のこと)の異常分泌のためです。アディポサイトカインには動脈硬化を促進する腫瘍壊死因子(TNF-α)など悪玉とされるものとアディポネクチンやレシチンなど動脈硬化を抑制する善玉の2つがあります。肥満では肥大化した脂肪細胞から悪玉のアディポサイトカインの放出が増え善玉のアディポサイトカインが減ることで動脈硬化が進行します。 また新型コロナウイルス感染において肥満は重症化の危険因子です。詳細には解明されていませんが、内臓脂肪が多くのサイトカインを過剰に産生しコロナウイルスが感染することでサイトカインストーム(免疫細胞から分泌されるタンパク質が過剰に放出されること)をひきおこす、更に肥満者では潜在的な肺機能の低下があり容易に低酸素状態に陥りやすいことなどが言われています。 減量することでこの状態の改善が期待できます。それにはまず食事療法ですが運動療法を組み合われることで効率的に減量できます。日本人では3kgの減量で血糖、脂質、血圧の改善効果が報告されています。肥満でお悩みの方はまず3kgの減量をおすすめします。 |
正常圧水頭症 2022.8.6 水頭症とは脳と脊髄を包んで保護している脳脊髄液が脳にたまる病気です。 脳脊髄液は脳室という脳に二つある部屋の脈絡叢でつくられ脳と脊髄を循環し脳や脊髄の毛細管から吸収されます。この流れがスムーズにいかないと脳室に脳脊髄液が停滞し水頭症になります。 水頭症には脳圧が上がるタイプと正常範囲にとどまる2つのタイプがあります。後者を正常圧水頭症といい特に原因が特定できないものが特発性正常圧水頭症で70歳から80歳代の高齢者に多くみられます。 正常圧水頭症の3大症状は歩行障害、認知障害、排尿障害です。いずれもゆっくり進行し他の病気でも高齢者ではしばしばみられる症状のため早期には気付くことは容易ではありません。 症状で最も多いのが歩行障害です。すり足歩行、歩幅が広がり方向転換がスムーズにいかない歩き方が特徴です。 認知障害は物忘れが多くなり意欲や自発性が低下しますが通常の認知症との鑑別は困難です。 排尿障害は頻尿や尿意切迫感で失禁することがあります。 診断にはまず画像診断で頭部CTやMRI検査を行います。脳室の拡大や頭頂部の頭蓋骨と脳の溝の隙間が狭くなる画像が得られます。 次には脳脊髄液排出試験(タップテスト)を行います。これは脳脊髄液を30ccほど抜いて症状の改善を確認するものです。 治療法はたまった脳性髄液を人工の細い管で脳室から他の部位に流す処置で脳脊髄液シャント術といいます。これは脳脊髄液を腰椎の脊髄腔から腹腔へ流す手術と脳室から腹腔にながす手術があります。 認知症が疑われ脳の検査をした際に水頭症と診断されることがあり、上記の治療で症状が改善するため「治る認知症」とも言われますが認知症は水頭症の一部の症状にすぎず通常の認知症とは本質的に異なります。 65歳以上の1-2%にこの病気の可能性がありパーキンソン病より多いとする報告もあるます。しかし残念ながらこの病気の認知度が低く見逃されている可能性が多いようです。 |
ステルスオミクロン株とは 2022.3.8 昨年秋になぜか急速に減少したデルタ株に代わり1月からオミクロン株(BA.1株)が蔓延し大きな第6波となりいまだに減少がみられません。さらに「ステルスオミクロン」という新しい変異株(BA.2株)が注目されています。 従来のオミクロン株(BA.1株)は「del69/70」というウイルスの表面のスパイクタンパクの変異(欠損)が特徴の1つで海外ではこの変異をSGFT法というPCR検査で検出しています。しかし新しいBA.2株は「del/69/70」の変異がないためSGFT法ではオミクロン株なのにオミクロン株と判定されないことから“ 隠れて見つからない ”という意味の「ステルス」をつけて「ステルスオミクロン」と呼ばれています。ただ日本のPCR検査はSGFT法でなくL452Rという別のスパイクタンパクの変異の有無でオミクロン株を検出しているため海外のように見逃すことはありません。 従来のオミクロン株と(BA.1株)比較しステルオミクロン株(BA.2株)の特徴として現在わかっていることは ①実行再生産数(1人の感染者が次に平均で何人に感染させるかを示す指標)が約20%高くBA.1株より感染力が強い ②症状は従来の新型コロ感染の症状と大差ないが喉の痛みが強く味覚・嗅覚障害は少ない傾向がある ③潜伏期間はBA.1株の約3日より半日ほど短い ④重症化率はBA.1型と同等とされるが動物実験では病原性が高いという報告もあります。 日本では感染者数の増加とともに死者数も増加していますが多くが基礎疾患を持つ高齢者でコロナ感染が直接の死因でない症例も含まれています。 今後新たな変異株の出現の可能性がありますが、ウイルスは子孫を残すため「感染性は高く病原性は低くなるように変異する」というのがこれまでのウイルス学の一般論です。 オミクロン株が新型コロナウイルスの最終変異型であってほしいと思うのは私だけではないでしょう。 |